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chirolin
のめりこんだり、他のジャンルに浮気したり、色々ありましたが、クラシック音楽はいつも生活の通奏低音のような存在でした。付き合いの年月だけは多少あるので、記憶に残る演奏などを少しずつご紹介できれば、と考えております。よろしくお願い致します。
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音の記録(2) [2008年07月19日(土) ]
ベルリナーの平円盤レコードが、あらゆる点でエディソンの円筒式に優っていたのかと言うと、そうではなかったと思います。明らかに円筒式の方が優れていた点として「線速度が一定」ということが挙げられます。平円盤は「回転数一定」型なので、線速度が遅くなる内周部に於いて音質の劣化が避けられない、という弱点があります。この問題は、SP時代が終わり、LP時代になっても解決されませんでした。

 更にこの頃の蓄音機(グラモフォン)には重大な欠点がありました。手回し式であったため、レコードを聴いている間はハンドルを回し続けなければならなかったのですショック。この問題を解決したのが、エルドリッジ・ジョンソンで、彼はグラモフォンにゼンマイ仕掛けのモーターを組み込みます。ジョンソンは後に(1901年)ビクター・トーキング・マシン社を設立することになります。
上の写真は、最初期のグラモフォン・レコードで、見にくいと思いますが、BERLINER’S GRAMOPHONEとの表記と共に演奏者(ヴァイオリンのフーベルマン)の署名があります。この時代はニッパー・マークではなく、バリー・オーエンの発案による天使のマーク(レコーディング・エンジェル)でした。
これは、我家にある最も古いレコードです。G&T盤と呼ばれているもので、グラモフォン社がその社名をしばらくグラモフォン・アンド・タイプライター社としていた時代(1900年〜)のものです。当然、どちらもラッパ吹込みの片面盤です。万一レコード事業が失敗に終わっても、タイプライターで食べていければという戦略だったのですが、結局駄目になったのはタイプライターの方だったようで、1904年にはもとのグラモフォン・カンパニーにもどっています。実は、このタイプライター事業に失敗した責任をとり、バリー・オーエンは辞職して米国に帰ることになります。
 また、平円盤レコードの素材選択もなかなか大変だったようです。最初期には硫化ゴムやエボナイト(理科の実験を思い出します)などが試されましたがどれもうまく行かず、最終的にシェラックにたどり着いたようです。このシェラックというのはラック虫という虫の分泌物で、SP盤は、このシェラックにコーパルゴム(他の原料を粘着させる)、石粉やクレー(硬度を増す)、コットンやフロック(強さを増す)、カーボン・ブラック(黒さを出す)などによって作られています。しばらく後の話になりますが、日本ではコロムビアが1924年頃より「ニュー・プロセス・レコード」なるものを発売しています。これは、良質の樹脂を塗った紙で中間材料を被うというサンドイッチ構造になっており、割ると紙が出て来ます。音はきれいだったようですが、経年変化によって盤が波打ったり、紙の「コーコー」という音が出たりすることもあり、口の悪い人は「コーロンビア」などと言っていたそうです。それでも、ビクターがこの技術を使いたいがために、HMV録音のフルトヴェングラーやワルター(日本ではビクターが発売権を持つ)をコロムビアに譲った、という話を聞いたことがあります。
Posted at 14:23 | 音の記録 | この記事のURL | コメント(0)

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http://www.salon.kotenha.com/chirolin/archive/6/0

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