亡き王女のためのパヴァーヌ
クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団
冒頭のメロディは、何の楽器の音だと思いますか?
「音色からするとサキソフォーン?」と思われる方も多いでしょう。
実はこれ、ホルンなんです。
吹いているのはルシアン・テヴェという往年のフランスの名手です。かつてのフランスのホルン演奏は、こういうものでした。
ビブラートをたっぷりかけた甘美な音色は、一度耳にしたら忘れられないものになります。麻薬のようなものです。ドイツ系の指揮者でもクナッパーツブッシュなどはこの音色を好んでいたそうですが、インターナショナル化の流れにのみ込まれ、このスタイルは消滅してしまいました。
この演奏に使われている楽器は、セルマー社(クラリネット等の木管楽器が有名)のもので、機構も現代の主流であるロータリー・バルブではなく、ピストン方式です。デニス・ブレインも1950年頃まではこのタイプのホルンを使っていましたし、ウィンナ・ホルンも見た目はロータリーっぽく見えますが、ピストンです。ロータリーに比べてメンテナンスが容易で、スラーが滑らか、アクションが軽いので軽快なフレーズが吹き易い、といった特徴がありました。更に驚きの特徴が、第3バルブにあります。ちょっと細かな話になりますが、通常ホルンのバルブは、これを押すことによって管が長くなり、音程は低くなります。第1バルブは半音2つ分、第2バルブは半音1つ分、第3バルブは半音3つ分です。従って楽器本体の調性(何も押さない状態)がFだとすると、
E,Es,D,Des,C,Hのナチュラル・ホルンを代替出来ることになります。ところがセルマー社のホルンは、第3バルブを押すと半音2つ分上がるようになっています。第3バルブだけは、押さない状態で付け足し管を経由する(管が長くなる)、押した状態で付け足し管をショート・カットする(管が短くなる)という構造になっています。この3番上昇管システムというのは、
ラヴェルのパヴァーヌ演奏の場合、とっても大切なポイントになります。
パヴァーヌのスコアを見ると、ホルン・パートは「2Cors simples en sol」と書かれています。つまりG(ト調)のナチュラル・ホルンが指定されており、
ラヴェル自身はバルブのない自然ホルンで演奏することを想定していたことが判ります。このGが問題なのです。本当にナチュラル・ホルンで演奏するのならそれでいいとして、より近代化した楽器を使い、尚かつ
ラヴェルの意図を活かすためにはどうしたら良いのか。そのためには、バルブを操作して楽器をGの状態にする必要があるのですが、当時のF管シングル・ホルンだと、それは「絶対に」できない相談なのです。上述したように、FからHまで下降して行く中にGは含まれていないからです。ところが、3番上昇管システムの楽器ならば、3番バルブを押すと半音2つ分上がるわけですから、これでGの調性にセットすることが出来るのです。つまり、3番バルブを押し続け、それ以外の一切のバルブ操作をしない状態で演奏することにより、
ラヴェルの意図通りの効果が得られることになります。当時、これが出来たのは、セルマー・ピストン・ホルンしかなかったのではないかと思います。
この素晴らしいホルン・サウンドも、パリ管弦楽団設立の頃から雲行きがおかしくなり始めます。テヴェ自身も、このパリ管に招かれたがそれを断ったと言われています。その後の歴史を知る我々としては、テヴェの判断は賢明なことだったのかなとも思います。例えば、バレンボイムのように「ピストン・ホルン禁止令」を出す指揮者が出てくるなど、この楽器は迫害されてしまったからです。
現役盤はTOCE−14067(EMI)です。