
例のニッパーの絵を描いたのは、フランシス・バローという画家ですが、当初はグラモフォンではなくフォノグラフの絵でした。彼はこの絵をエディソン・フォノグラフ社に依頼されて描いたのですが、会社はこれを採用しませんでした。仕方なくバローはライバルのグラモフォン社に売り込むことになります(1899年)。「主人の声 (His Master's Voice)」というタイトルも、バローが名付けたものです。バリー・オーエンが、宣伝のためのストーリーを完成させます。
『飼主を亡くしたニッパーは、部屋のすみから動こうとしない。が、「舞踏会のあと」というレコードをかけた時だけは、ラッパの前に座る。亡き飼主がよくこの曲を聴いていたので、ニッパーはきっと主人の声も聞こえてくると思って待っているのだろう。』
画家のバローには弟がいてニッパーという犬を飼っていたこと、この弟が亡くなったためにバローがニッパーをひきとったというところまでは事実ですが、後はオーエンの創作です。とは言え、人々のシンパシーを誘うこの話は、絵と共に一躍世界中に広まることになります。実は、バローというのはあまり才能に恵まれた画家ではなかったようですが、この絵のおかげで生活の心配をせずに済むようになったと言われています。

ドイツ・グラモフォン社というのも、今は全くの別会社ですが、もともとは英グラモフォン社の子会社として、1898に設立されています。当初はレコードのプレス工場(ハノーヴァー)でした。左のレコードは、そのドイツ・グラモフォンが録音した、アルトゥール・ニキシュ指揮ベルリン・フィルハーモニーによる
ベートーヴェンの第五です(ちゃんとニッパー・マークが付いています)。ニキシュはフルトヴェングラーの前のベルリン・フィルの常任指揮者で、この録音は1913年に行われています。管弦楽の最初のレコードではありませんが、世界最高水準の演奏家による
ベートーヴェンの全曲録音としては、始めてのものです。とは言っても、旧吹込み時代の管弦楽の録音は極めて困難であり、ラッパがいくつか連結されて録音室につながれた、といった記録が残っています。「アコースティック録音時代のマルチ・マイク方式」とでも呼ぶべき仕組みだったわけです。楽器もヴァイオリンなどは普通の楽器ではだめで(音が拾えない)、楽器本来のボディに替えて金属のラッパを取り付けた「シュトロー式ヴァイオリン」が用いられていました。
ニキシュの指揮ではありませんが、上の写真が当時の管弦楽の録音風景で、ザイドラー・ウィンクラー指揮のドイツ・グラモフォン管弦楽団です。ホルンもベルが正面を向いた特殊な楽器のようです。
譜面台もなしに、団員がすし詰め状態で演奏しています。残念ながら、この頃の管弦楽レコードは、文字通り「記録」としての価値は大きくても、いかにも音が貧し過ぎ、観賞用としてはつらいものがあります。やはり、オケものは電気録音以降でしょう。