アメリカのベル研究所でも、ステレオ録音の実験が行われていました。ここでは1931年頃より、2つのカッター・ヘッドを近接させ、縦震動にて同心円状に2チャンネル分の録音を行うという方法がとられていました(音溝は2本)。当時フィラデルフィア管弦楽団のホーム・グラウンドだったアカデミー・オブ・ミュージックにマイクを設置し、電話回線によって研究所まで電送して録音したとのことで、ストコフスキー/フィラデルフィアの演奏が数多く含まれているようです。この研究は、その後1本溝に45/45方式で録音するところまで発展しているので、この研究成果がアメリカで商品化された時のステレオ・ディスクに(カッター・ヘッドはウェストレックス社製)技術継承されたものと思われます。

一方、変わり種として、クックを挙げなければなりません。エモリー・クックはモノーラル時代に「レイル・ダイナミックス」(SL録音のはしり)などのハイ・ファイ・レコードで話題を呼んでいましたが、1952年秋にアメリカのオーディオ・フェアで「バイノーラル・レコード」を発表します。これはレコード盤を外周部と内周部で2分割し、外側にLチャンネル、内側にRチャンネルを録音するというものです。当然再生にも2つのカットリッジが必要で、双頭の専用プレーヤも開発されていました。これも、完全な再生は困難だったでしょう。
本格的なレコードのステレオ化に際し、障壁となったのが規格の問題です。歴史の中ではままあることですが、イギリス・デッカによるV/L方式と、アメリカ・ウェストレックス陣営の45/45方式が対立してしまったのです。両方式の公開試聴会なども開かれ、最終的にモノとの互換性や将来性などの点で45/45方式が勝ると判断され、RIAAはこれを統一規格とすることを打ち出しました。これを受けたイギリス・デッカの態度は、誠に立派でした。彼等は、業界の秩序を維持するために、自分たちのV/L方式を潔く引っ込めたのです。
ステレオ・レコードを作るためには、当たり前ですが、ステレオ録音された音源が必要になります。テープ・レコーダーのステレオ化はレコードに先行して行われていました。技術的には、ヘッドを複数にすれば良い訳で、ディスクのカッティングよりは容易だったのでしょう。レコード会社の中には将来を見越し、1953-1954年頃よりステレオでの録音を開始しているところもありました。(ドイツには、1944年頃のステレオ録音が存在しています)
アメリカでは、1954年に録音済みのミュージック・テープ(もちろんオープン・リール)が発売されています。つまり、音楽ソフトのステレオ化は、レコード(1958年から)よりテープの方が早かったわけです。